篠原知美のアスリート対談第1回 山本淳一 様

長く続けている人ほど食事に気を遣うし、身体の変化にも敏感

走れるコーチを目指す

篠原
今日はトライアスロンの現役選手でありながら、コーチも行われている山本さんにお話を伺います。選手とコーチではやることがかなり違うと思いますが。
山本
競技デビューしたのが20歳、今年でちょうど25周年になります。10年くらい前にコーチングを始めて、2009年に一線をいったん退きました。今はコーチングがメインですが、3年くらい前に本格的に競技に復帰しました。コーチングは熱が入れば入るほど感情移入もしますし、言葉もどんどんきつくなります。求めるもの、要求が高くなっていきますので、自分自身がやらないと、自分の中で温度差がすごく出てしまいます。

それなら、一緒にやっていれば誰からも文句は言われないだろうと思いました。「この1本をマックスでいきましょう」と言って、自分が先頭で、マックスで走っていれば、否が応でも追うものです。雨の日にバイクに乗るとき、「こんな日に走らなきゃいけないの?」「雨でも乗るの?」と言われたとき、「雨でもレースはあるので」と自分が先に走り出せば、みんな走ります。
篠原
現役に復帰されたのはどのような理由があったのですか?
山本
コーチングだけでやっていくのも面白いのは面白いのですが、ハリがありません。また、言葉の説得力と熱量をはき違えてしまいがちですから、指導もけっこう難しいのです。指導力というのは指導がメインなので、走るべきではないと言う人もいますし、走らない人のほうが多いのも事実です。でも、走れるのに走らないコーチよりは、走れるコーチのほうがいいと思います。何でもそうだと思いますが、1つの特技よりも2つ、3つあったほうがいいですよね。
篠原
山本さんの場合、コーチとしても選手としても両方ともすごいですよね。合宿に大勢が集まるのも、それだけ信頼もあるからだと思います。いろいろなチームの人が、自分のチームもあるのにわざわざ来るほどです。人が集まることでさらに良い選手が集まり、練習の質も高くなって、それでまた増えていきます。

山本
今、トライアスロン界では、選手が教えながら競技を続けることが増えてきています。そうなると、実際に選手として競技している人間は、どこを目標にしているのかという話になります。自分はオリンピックを一つの目標としてずっと現役をやってきて、日本選手権に勝ち、アジア選手権に勝ち、世界選手権にも何回もいっていますし、ある程度の実績があります。世界選手権の優勝タイトルはありませんし、オリンピックにも出られませんでしたが、オリンピックの4年に1回の難しさは知っています。 もちろん食べていかなくてはなりません。競技1本では食べていけませんから、コーチングをします。

しかし、本来、世界のトップ選手は指導は行いません。日本くらいです。トライアスロンの競技人口が増えて、トライアスロンでご飯が食べられるような世の中になってきているのは事実ですが、競技力の低下はものすごく感じています。本来、成績を出さなければ食べていけないのがプロの世界です。それが、人がついてしまうと、良くも悪くも成績を出さなくても食べていけるわけです。

自分が頑張ったことが自分に返ってくる

山本
トライアスロンの裾野は広がっています。ただ、3年未満でやめる人がすごく多いと感じています。学校と同じで、入学して卒業までが早いんです。3~4年くらいで1つの波がきて、ピークパフォーマンスが出て、卒業して終わる方がけっこう多いと思います。高いレベルを求めようとしたとき、昨日の自分を超えるのか、去年の自分を超えるのか、その違いがかなり大きいのです。アイアンマンのレースが決まるのは1年前から半年前なので、そうなるとほとんどの時間を費やすわけです。家族のある人は家族を犠牲にするかもしれません。独身で始めて、結婚してやめる人もけっこう多いですね。また、子どもができ、子どもの受験などでやめる方もおられます。

篠原
主婦の立場から始めたものからすると、今までの世界とは全然違う世界なので、すべてが楽しいですし、周りにいる方たちもみんないきいきして頑張っています。私もトライアスロンを始める前までは仕事をしていたのに、数年後にこんなことをしているなんて想像もつきませんでした。今までは「○○ちゃんのママ」という立場だったのが、今度は自分、篠原知美が頑張らないといけないんです。全部自分の名前で出て、自分が頑張ったことが全部自分に返ってくる。そうするとすごく頑張れるんです。
山本
肩書きが関係なくなりますね。社員旅行がトライアスロン大会という会社もあります。社長に役職では勝てませんが、トライアスロンだったら勝てる(笑)。社内で頑張れば、会社が報奨金を出すようなこともあります。そうしたら頑張りますよね。仕事も頑張ります。
篠原
そこで、個人、自分というものが戻ってきたような気がします。ずっと忘れていたことなんです。子どもの母親ということなので、ファーストネームも覚えてもらえないこともあります。それが、どこにいっても「篠原さん」、「ともみん」と呼ばれ、頑張ったことが自分に全部返ってきます。頑張ることでリフレッシュして、家に帰ってから、身体は疲れていても、大変な育児をより楽しむことができます。
山本
学生時代にスポーツをやってきて、ある程度の競技レベルまでいった人よりも、いけなかった人たちのほうが頑張っていますと思います。学生時代にある競技でチャンピオンになった人もけっこういますが、その後はあまり目立たないことの方が多いのです。他の競技でトップに立った人間がトライアスロンに移って、トライアスロンでもチャンピオンになれるかといったらなかなかなれません。

アスリートにとってベストな食事とは

山本
ところで、アスリートフードマイスターから見て、ベストな食事は何でしょうか。
篠原
これがベスト!はその人によって違います。
山本
自分は25年やってきているので、これがいいという食事は変えないことがベストだと思っています。前日何を食べるか、当日の朝何を食べるかはほぼ決まっています。それは海外にいっても同じです。
篠原
それでいいのです。一応糖質をしっかり摂るなどはありますが、やっぱり自分が納得しなかったらだめです。その人にベストな食事というのが大事です。例えば、山本さんは食事が決まっていて、これを食べると調子がいいというものを食べています。でも、初めての人は何を食べたらいいのかがわからないので、そこはアドバイスします。
山本
初めての人は何を食べたらいいでしょうか。

篠原
糖質をはじめ、バランスよく、ビタミン、ミネラルをとるように勧めます。「5大栄養素」と言ってもわかりづらいので、私はいつも色で説明するようにしています。例えば、試合に行って、当日ホテルのビュッフェで食事をするとします。そこで何をとるかといったとき、緑のもの、赤いもの、黄色いもの、白いもの、黒いものをバランス良くとるということです。緑でしたら野菜など、赤や黄だったら野菜や果物など。白だったらご飯、パン、豆類など、黒はきのこ類、海藻類、豆類など。色を彩り良くするとだいたいバランス良くとることができますし、栄養のことがよくわからなくても簡単にバランスよく栄養素をとることができます。
山本
普段朝食をとらない人がレース当日に朝食をとっても、吸収しませんよね。元々胃腸が強いほうではありませんので、気をつけていました。20代の頃は、海外にも日本から全部持っていって向こうで作るなどしていましたが、年間10回、20回と戦っていく中で、それを毎回用意するだけでも大変で、だんだんストレスになっていきました。篠原さんの色の話もそうですが、基本、地産地消がベストな食事だと思います。
篠原
行った場所で選べる力が必要ですね。これじゃなきゃだめではなく、行った先でもきちんととれる。これがないなら代わりにこれを食べよう、現地のこれがいい、というように選べる力です。もちろん自分の身体に合うものを理解しているとよいのですが、それが絶対ではありません。状況、体調、環境によって臨機応変に、ですね。それがなかったら、ないと思っただけでメンタルがだめになってしまう方もいます。
山本
バイキングに行って「食物繊維はどれですか?」と聞く方もいます。「生ものはだめだと言われたのでやめておきます」と。ものすごく気を遣っているということはよくわかりますが、旅行で沼津港に行ってお寿司を食べないことはありません。お寿司屋さんに来て寿司を食べないことはあり得ないのと同じです。レースに行ったら、地元の食事を楽しむことも必要なのではないでしょうか。
篠原
好きなものだったり、それを食べて調子が良いなどですね。楽しく走れたとか、お腹が痛くならなかったとか、あれ食べたからいけないとか思わないものですね。
山本
失敗したときに、何がだめだったか振り返ります。本来、当日の朝食べたものはほぼ無関係です(笑)。栄養学的に言えば、当日の2〜3時間前に食べたものが競技中のエネルギーに変わるのはせいぜい10%です。その前の1週間の食事のほうが大事です。
篠原
沖縄に行ったとき、地元のチームのみなさんが、前夜なのにお肉ばかり食べたりお酒を飲んだりしていました。基本の食事学的に言うと、前の日はカーボローディングをするので肉中心でいいの?と思うのに、しかもほぼレアのステーキを食べたりしていても平気なのには驚きました。

山本
実際、年に1〜2回レースに出るような人は、特にデビュー戦だったりすると神経質になりやすいですね。非常にナーバスになってしまいます。それまでまったく食事に気を遣っていなくて、2日酔いで朝ご飯食べなかったりするような生活をしている人が、レース前日・当日でこれを食べたほうがいいからと一生懸命食べたところで大して変わりません。食べたという安心感はあるかもしれませんが。それであれば、せめてレース前の1週間だけでも飲み会4つを2つに減らすとか、1次会で帰れるようにするほうが、当日には有効だと思います。

食事に気を遣わない人は短命?

篠原
コナの大会で食事を担当したときは、選手が何を食べたいかが基本でした。お1人は「僕はこれとこれを何時に食べたい」「ご飯は玄米がいい」など、こだわりました。ひじきの煮物と切り干し大根などを作ったら、全部きれいに食べました。買いものも一緒に行って、何が食べたいか、お肉もこの部位という感じで選びました。
山本
変えたらパフォーマンスが上がるかもしれません(笑)。玄米は消化にはよくありませんから。
篠原
それは伝えて、レース当日は白米にしました。「玄米は消化悪いんですか?」と驚いていましたね。
山本
固定概念ですよね。栄養素的にはいいですし、普段の朝食ならいいのですが、玄米は消化が悪いですから、寝る前に食事に玄米は良くないでしょうね。
篠原
健康に良いからと自分で玄米を持ってきていて、それを炊いていましたけど、当日は白いご飯を食べました。もう1人はピザとコーラでいい方で、何なら朝食は食べなくてもいいという感じでした。元々1日2食くらいの小食で、野菜もほとんど食べません。同じプロのトップ選手なのですが、全然違いました。

ところが、コナのロングを終えた後に何を食べたいか聞くと、2人ともステーキと答えました。やっぱりロングで勝つには胃腸の強さなのだと思いました。私はレース後には胃腸に負担をかけない雑炊のようなものだと思っていたのですが、ゴールした日にステーキを焼いて食べて、その後冷凍ピザも食べていました。私たちのようなアマチュアだと、ロングの後には胃腸も疲労していてあまり食べられないものです。
山本
そんなことはありませんが(笑)。周りにあまりぐったりしている人はいませんね。
篠原
私の周りにはぐったりしている人が多いです。ロングだと、補給食も途中で取れなくなって吐いてしまう人もたくさんいます。ジェルも一切受け付けなくなってしまって、ハンガーノックになってしまったり。だから、帰ってきてお肉が食べられるというのはすごいと思いました。しっかり食べられる人は強いですね。

山本
去年より今年の成績が良かったのは食事が大きかったということに、本人たちは気づかないといけないと思います。その良かった結果に対して、この1年をどうするか考えなければなりません。こういう食事をとらなければいけない、こうしたほうがもっとパフォーマンスが上がるということに本人が気づかないと、食事は絶対に変わりません。結果、勝てなくなっていきます。食事に気を遣わない人は短命だと思います。天才肌と一緒なので、できてしまうので、何を食べても関係ないとなってしまいます。それがだんだん年齢と共に、無理が利かなくなり、思うようにいかなくなります。怪我をすると回復が遅くなります。それが食事に気を遣わない人の典型です。

逆に、長く続けている人ほど食事に気を遣いますし、身体の変化にものすごく敏感です。今日は胃が疲れているからどうしよう。カロリーが必要だけど量が食べられないから唐揚げにしよう。そういったところまで考えられれば、摂取カロリーと栄養素をバランス良くとることができます。長寿の人はだいたいそうですね。トップにいけばいくほどそうなります。
篠原
選手時代に栄養の勉強もしますよね。競技と一緒に、栄養はどういうものをとったらいいのかも含めてがトレーニングになっています。自分で意識してやらないとだめですね。あとは、栄養のアドバイスをする側も、実際にその競技を知っている人とテキストだけで学んだ人では違います。そのアドバイスでは説得力がないですし、実際にうまくいかないことがあります。「これをとってください」と言われても、現地にそれがない、から始まって、じゃあなかったらどうする?という話になります。自分に合うものをみつけること、そして臨機応変に対応できることが大事ですね。 最後に今後の目標をお願いします。
山本
9月の世界選手権でエイジ優勝することです。そのためにこの2年間やってきました。去年勝ちにいったのに勝てなかったので、まさか今年もう1年あるとは思いませんでした。今年はスイスなのでそこまでの体制は組めないのですが、一応サポーターもついていきます。作る人はいないのですが、スイスなので美味しいものを食べてきます。今年は勝ちに行きたいと思います。
篠原
ぜひ勝っていただきたいと思います。今日はありがとうございました